《子どもに何を残すか》

 韓国で新しい大統領が誕生しました。その人の経歴を見ると、涙が出るぐらいの貧しい生活から、はい上がってきたことがわかります。また、母親が何を大事なこととして教えてきたかが、重要であるということがわかります(父親は早くに亡くなったらしい)

李明博氏は昨年12月、韓国の第17代の大統領となりました。大阪生まれの李明博氏は、戦後すぐに韓国に帰りました。その時はまだ幼い時で、韓国の片田舎で母親と大勢の兄弟たちといっしょに生活しました。寺の敷地で、同じように貧しい人たちが暮らしていましたが、各家庭はダンボールで仕切られた環境だったそうです。その時代、寺は敷地を貸すだけで精一杯で、行政が何かの援助をしてくれる時代でもありませんでした。母親は日々の食料を得るためにいっしょうけんめい働きました。李明博氏が中学生になったとき、近くの裕福な家で結婚式がありました。母親は、明博少年に手伝いに行きなさいと言いましたが、そこでは水一杯飲むなと命令しました。その家の奥さんは、貧乏な少年が何か盗みはしないかと見張っていたようですが、何日もまじめに働くので、ある日、その家の奥さんは丁寧にふろしきで包んだ御飯を、帰って家族といっしょに

食べるように明博少年に差し出しました。それを欲しい思いはありましたが、母親に言われていたこともあり、もらうのを断りました。いっしょうけんめい働いてお腹がすいていたにもかかわらず、もらわなかった自分がなんだか不思議で誇らしく感じたと李明博氏は言っています。その後、何度も堂々と裕福な家に手伝いのために出入りし、水一杯もらわずに働き続けることで、知らず知らずのうちに自信がつき、堂々とすることができましたと言っています。また、「お金持ちの人に会っても対等に接し、権力を持った人に対しても堂々と接待できるのは、すべて母のこの教育のおかげだったのです」と言っています。

 現代の私たちの生活で、戦後のような貧しさはありません。しかし、何かを少しごまかして、もらえるものはもらうとか、安易な方法でお金を得るとか、そのようなことはあるのではないでしょうか。李明博氏が子ども時代を過ごしたその寺のダンボールの環境の中で、こじきをして生活した者もいたそうです。そして、いっしょうけんめい働いて、少ない食料を得てきた母親よりも、こじきをした者のほうが多くの食料や衣類を得ていたそうです。そのような環境は、私たちとは縁遠い世界ですが、しかし、それはお金や利益を優先するか、それとも、何かもっと価値あるものを持っているかということと関連することです。

 李明博氏の母親は祈りの人でした。のちに、一家はソウルに出てきましたが、母親は朝4時に起き、子どもたちを起こして自分の祈りに心を合わせるようにさせました。母親は、まず市場で働く同業者の健康や祝福のために祈り、次に自分の家族のために祈りました。それから、教会で開かれていた毎朝の祈り会に行ってから、市場に出かけていきました。

 クリスチャンでも、祈りについては学び続けなければならないものです。なかには、自分のことだけを祈っている人もいます。そして、祈りがこたえられていないと文句を言う人もいます。李明博氏は次のように言っています。「私たちは緊急の時、神様に『私を助けてください』と求めます。しかし同時に私たちは、神様がこたえてくださる『時』も自分で決めています。私の経験では、神様はご自分の方法で、ご自分のご計画に沿って答えをくださる方です。」

 李氏が大学を卒業する頃に、母親は亡くなりました。しかし、母親は彼に偉大なものを残しました。

「私は中学生の時、栄養失調で四ヶ月間、死線をさまよったことがあります。しかし、今、私は誰よりも健康です。神様は私に大病を与えられましたが、再び健康を与えてくださいました。こじきよりも貧しい生活をおくっていましたが、心はいつも豊かでした。母は私たちを、心が豊かな人となるように育ててくれました。たいへん厳しい環境でしたが、人のことをいつも助けようとする心の余裕を持ち、心豊かであるなら、いつか必ず貧しかった分、大きな祝福を与えてくださると信じます。」李氏はこのように60歳代になって言っています。

 現代は厳しい競争の時代でもあります。その中で、他の人の祝福を願う思いなど持つ余裕もなくなっています。しかし、その原因は環境のせいではありません。こじきよりも貧しい者が、他の人の祝福を願うこともできるのです。祈りよりも、人助けの行動を強調する人もいますが、たまに行動は自己目的となる場合もあります。しかし、人目に隠れた祈りは、神しか聞いてはいません。人目に隠れた祈りの中で、その人の中のものが神の前にあらわにされます。

 神を信じることは決して弱い者がすることではありません。また、立派な人だけがすることでもありません。信仰は一生かかって学んでいけばよいことです。教会ではあなたのおいでをお待ちしています。     (大泉聖書教会牧師 池田尚広)

〔「貧乏少年大統領になるー李明博の信仰と母の祈りー」(小牧者出版)参照〕