《神を求める時》

 人は、新しい生活パターンを取り入れるためには強い決心が必要です。たとえば、幼い時から親に連れられて教会に行っていたとか、そのような習慣でもない限り、教会に行くのは勇気がいることです。たいていの人は、何かの危機的な経験をしたことが教会に行くきっかけとなっています。

 日本経済新聞の「文化」という欄に、小阪(ちゅう)さんという人の文章が載ったことがありました。

『ゴスペルを歌うようになって15年になる。小さな教会や、様々な施設を歌って回るのだ。ゴスペルというと普通、頭にうかぶのは黒人霊歌だろうが、私の音楽は、コンテンポラリー・ゴスペル、音楽的なニューミュージックと言われるような曲を作り、信仰者としての自分の気持ちを素直に歌に表現する。それが私のゴスペルだ。こういう形で音楽活動をするようになるとは、15年前までは正直いってまるで思っていなかった。私はまだ10代だった。60年代半ばにロックグループ「フローラル」を結成して、音楽の世界に飛び込んで以来、「モンキーズ」と一緒に、全国ツアーをしたり、細野晴臣さんや松本たかしさんと「エイプリル・フール」というバンドを組んだり、ロックミュージックフェアに出演したりと、まったくのロックアーティストとして、順調に音楽活動をしていた。ところが、75年、当時1歳十か月だった娘が、熱湯を頭から全身に浴びてしまうという事故が起こったのだ。服を脱がせようとすると、一緒に皮が剥がれてしまうような、ひどい火傷で、女の子のことでもあるし、彼女の将来を考えると、私はとてつもなく暗い気持ちになった。精神的に落ち込んでいた私にとって、一番の励ましは、妻の祖母の祈りだった。祖母はクリスチャンだった。娘はわずか一か月余りで、火傷の跡がわからないほど、回復した。

 その時私は、人知をはるかに超えた大きな存在があると感じ、それが一体何かを知りたくて、教会に通い始めた。私は長くのばしたカーリーヘヤで、いかにも反体制を気取ったロッカーという身なりで、おずおずと教会を訪れた。そんな私を白眼視するでもなく、教会の人たちは自然な形で迎えてくれた。そして、信仰について学んでいくうちに、目覚めたことがある。それから、自分の音楽が変わった。それまでは、新しいものをと、追いたてられるような気持ちで音楽を作っていた。世界の音楽の最先端の情報を仕入れ、その新しいフレーズやリズムパターンを自分なりの形で自分の曲に取り込んでいく。結局のところ、情報に踊らされながらしか音楽を作って来なかった。自分の音楽というものに確信が持てず、アルコールに溺れることも少なからずあった。

ところが、信仰に目覚めてから、自然に自分の中から溢れ出て来るものを、そのまま歌にすればよい、という気持ちが出てきた。(新約聖書)ヨハネの福音書に、イエスの言葉として、「わたしが与える水はその人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水が湧き出す」とある通り、私の中の不安や恐れを取り去ってくれたのである。・・・・』

(田中信生著「生き生き人生の条件」一粒社P.109-110より抜粋)

 

  自分はそれほど弱くないと思っている人でも、危機的な状況に出会うと、確かなものを求めようとするものです。それまでは、自分自身が「確かなもの」であり、その自分を鍛えることが人生だと思うようなこともあると思いますが、危機的な状況はその考えを変えざるを得なくします。たとえば、小阪忠さんが経験した娘さんの事故などは、人間の限界を体験させる状況でした。

 もちろん、ある程度までは自分の精神を鍛えることができる世界があることは事実です。スポーツで頂点を目指す人などは、精神的にもタフでないと頂点に立つことではできません。信仰を持つということと、自分の精神を鍛えるという世界は相反することと考えるのは間違いです。外国では、名のあるスポーツ選手で、クリスチャンという人が少なからずいます。人は社会経験やスポーツなどを通してタフになっていかなければなりません。しかし、どんな人でも限界というものがあることは事実です。それは、頂点に近い人たちほど、その事実を悟っていることからも理解できることではないでしゅうか。たとえば、勝負師たちは何か宗教的な行事をしてから勝負に臨むようなことをします。それは、自分を鍛えて鍛え抜いた人が、最後の越えられないものを意識することから行う行為と見ることができます。

 信仰心を持つことは、決して努力することや鍛えることをあきらめることではありません。あなたが本当に努力の人であれば、謙遜に超えられないものを意識しておられるはずです。素直に神の支配を認めることは、小阪忠さんが自分なりの新しい音楽を作れたように、あなたに新しい世界を体験させるきっかけともなると思います。

 ぜひ、教会においでください。教会ではあなたのおいでをお待ちしています。

      (大泉聖書教会牧師 池田尚広)