《日本の西欧式医療の草分け》

世界中の多くの地域での教育や医療、その他さまざまな福祉的な働きにキリスト教は深く関わっています。

日本での最初の西欧式病院設立もキリスト教が関わっていました。1553年(天文22年)に府内(大分)教会の会堂に隣接する場所に建てられた病院が最初の西欧式病院と言えます。日本側には資料はありませんが、ガーゴという神父がその記録をインドのゴアにあったイエズス会本部に書簡として送っている記録からその様子を見ることができます。

府内教会の病院の評判が高まるにつれ、それを妬んだ人々が外科手術を「伴天連(ばてれん)の魔法」と言いふらしたので、手術は人々が見えるように病室の周囲にあったベランダでおこなったということです(伴天連とは宣教師のこと)。外科手術を最初に執刀したのは、ユダヤ系ポルガルト人のアルメイダという名前の修道士でした。この人は1546年に外科医師の資格を得ていたそうですが、そのまま医師の道を歩まず金儲けのため一時、貿易商人として富を得ます。1554年に修道士の道を歩むことになった時、医師としての才能と商人として得た富のすべてを、人々の救いために捧げたそうです。病院経営の費用はアルメイダが提供し、他には大友宗麟(そうりん)からの献金があったと宣教師の書簡に記録されています。(以上、守部喜雅著「ザビエルと天皇」フォレストブックス参照)

 日本の近代医療の発展に貢献した人物として知られているのは、ヘボン式ローマ字を作ったことでも知られるジェームス・カーティス・ヘボンです。ヘボンは1859年、プロテスタント長老派の医療伝道宣教師として来日した医師でした。横浜市立大学医学部にはヘボンの功績をたたえて、「ヘボンホール」という講堂があります。また、ヘボンが活動した当時の歌に、『ヘボンさんでも草津の湯でも恋の病は治りゃせぬ』という歌があることからも、その名前が世間に知れ渡っていたことが推察できます。さらに、ヘボンは日本初の和英辞典である『和英語林集成』の編纂者としても知られています。

 キリスト教会の活動は、「イエスは、すべての町や村を巡って、会堂で教え、御国(みくに)の福音(ふくいん)を宣べ伝え(のべつたえ)、あらゆる病気、あらゆるわずらいを癒された。」(1)という事実を模範としています。「会堂で教える」とは信者の信仰教育を指していて、「福音を伝える」とは布教を意味しています。そして、「あらゆる病気・・・」は、社会全体に対する福祉的な働きを意味しています。新約聖書の福音書という部分は、イエス・キリストと弟子たちの活動の記録ですが、そこにはキリストがおこなった多くの奇跡的な行動が記されていて、病人の癒しもそのひとつです。キリスト教会はイエス・キリストがおこなった奇跡は信じますが、それはあくまでも神の御子(みこ)であるキリストの行動であって、信者が奇跡をおこなおうとすることはありません。福祉的な働きは、信者の献金を原資としておこなわれています。

 ところで「福音」とは、神の御子が人類の救いのためにこの世に来て、人類の罪の贖いを完成したという事実を指しています。「クリスマス」はキリストの祭りという意味ですが、それは神の御子がこの世に遣わされたという事実に焦点を合わせて感謝する記念日です。体の癒しと共に、人の魂の癒しが神の関心事であり、それが福音を受け入れることによって完成されるというのが聖書のメッセージです。〔大泉聖書教会牧師 池田尚広〕

(※1)新約聖書マタイ福音書9:35)